慢性疼痛
痛み
「痛み」ほど私たちとなじみの深い症状はありません。蹴躓いたり、ぶつかったり、重い物を持ったりさまざまな局面で、さまざまな部位に痛みを覚えます。
「痛み」を専門に研究したり治療する学者や医師の集りで「国際疼痛学会」という組織があります。
ここでは「痛み」を次のように定義しています。
「実際になんらかの組織損傷が起こったとき、あるいは組織損傷が起こりそうなとき、あるいはそのような損傷の際に表現されるような、不快な感覚および感情体験」
痛みとは「感覚および感情」である、つまり単純な生理的反応であるだけでなく複雑な心の反応でもあるとしています。
「実際になんらかの組織損傷が起こったとき、あるいは組織損傷が起こりそうなとき」生じる痛みにはアラームの役割があります。骨折をした時、胃潰瘍になった時、痛風の発作時それぞれ特有の痛みが生じ、それを手がかりに診断がつけられ治療が始められます。
これを「急性疼痛」とよびます。「組織損傷と急性疼痛」はワンセットになっていて、損傷が治れば自動的に痛みも消えるものとされています。
しかし組織損傷が修復された後もなお続く痛みがしばしばみられます。組織損傷という原因はもはや存在せず、すでにアラームとしての役割がなくなったにもかかわらず、痛みだけがしつこく残ることがあるのです。
まるでこわれた警報機のようにアラームだけが鳴り続けているのです。
病気の一症状としての痛みではなく、痛みそのものが病気の本体となってしまったこの状態を「慢性疼痛」とよびます。
ペインクリニックの役割
従来の医療はアラームとしての「急性疼痛」には強い関心をもって対応してきました。「急性疼痛」は診断の重要なてがかりになり、病気の原因を見つけだすチャンスだからです。そして診断がつき損傷された組織を修復することができれば、それが根本的治療となるからです。
一方「慢性疼痛」が関心をもって注目されることはあまりありませんでした。なぜなら組織損傷はすでに修復されているので治療するにも標的が見当たらないからです。
原因がなくなっている、あるいは原因が見つからないのに残っている「慢性疼痛」は冷たく扱われてきました。まるで病後の残務整理のような扱いをうけてきたのです。「やることはやった、後は自分でなんとかしてください」とばかりに鎮痛剤や坑不安薬を処方され、患者さんはひたすら我慢するしかなかったのです。
わたしは医療者にも患者さんにも「根治療法至上主義」が根強くはびこっていると思っています。
根本から治すのでなければ無意味だ、と思う方が多いのです。たしかに理想的にはそうありたいものです。しかしいつもいつも原因があきらかになり完全に除去できるとはかぎりませんし、除去できたとしても完全な原状回復が果たせるとは限りません。むしろその逆の場合のほうが多いのです。
現代医学はすべての病理を解明したわけではありません。また解明したすべての疾患の治療法を発見したわけではありません。わからないこと、治せないことが山ほどあります。
しかし今ここに耐えがたい痛みがあるなら、原因が明らかになっていなくてもその痛みを取り除かなくてはなりません。
また原因は明らかでもそれを除去できないなら、せめて痛みだけでも和らげなくてはなりません。
もちろんペインクリニックが根治療法を放棄しているということではありません。
「すでに原因の消えた痛みがあってもふしぎではない」「原因がないのではなく見えないだけなのかもしれない」と考え、根治的に痛みを取りのぞく努力をしています。しかしそれでも根治的な方策がないようなら、対症的に痛みをやわらげる方法を追求していきます。
「急性疼痛」のみならず「慢性疼痛」にもつよい関心をもって取り組む診療科、それがペインクリニックです。